Lunguage Plaza 外国語語順訳散策

散策路三本:①露語国際時事ニュース見出し ②倭人伝語順読法─女王国への道;③江戸東京街道散策路

魏志倭人伝原文行路記事: 語順語法による読法

魏志倭人伝:行路記事語順語法 陳寿の机上スケッチ・マップ(仮想図)
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個々の行路については、下記に詳述。

魏志倭人伝行路記事読法:

考察ポイント(以下順不同で詳述):
──────────────────────────────
①著者陳寿の行路記事執筆の台紙
 ・・・・・国(島)を方形とする概念スケッチ図 (上記および下記にもあり)
②語順語法と里程文三要素 ──────(例) 行先案内文      距離案内文
 ・・・・・前提(基点または中継起点)、────(到其北岸狗邪韓国)  (到伊都国)
 ・・・・・条件(経路)、─────────────(千余里)         (至奴国)
 ・・・・・結語(経路の合計または案内先地名)──(至対馬国)        (百里)
③用語「里」、「至」、「方位」の概念
 ・・・・・「里」: 陸路、  余里:海路
 ・・・・・「至」: 条件句では、「~までの道(ルート)」 結語句では、「~へ」
 ・・・・・「方位」: 別の分かれ道があることを暗示もしくは明示<

──────────────────────────────

魏志倭人伝行路記事語順語法:文字列行路
001行路1
102
003行路3
004まとめ

上記の分岐路区間語法の捕捉説明


005まとめ


以下は、上記「原文文字列の道」の捕捉資料

著者陳寿の机上「倭地マップ・スケッチ」

著者陳寿は、魏使の情報をもとに、使訳を通じている「倭地三十国」の一巡ルートを
「従郡至倭」として「倭三十箇所スケッチ図」を作成し、手元に下記のような図をおいて
いたと考えられる。ここでは、国(島)は方形の概念で描写されている。

仮想陳寿スケッチ

道里の判明している帯方郡から邪馬台国(糸島南地域)までの道のりは、二種類の
里程文(語順語法に基づく)を用いて、倭人三十国巡りの行路上の国およびそこから
分岐するルート上の国を順次案内している。

なお、ここでは、

A.倭人三十国の最初の国、「狗邪韓国」→「伊都国」までは、
  倭人三十国案内ルート上の
   「中継起点」─「進路距離」=「至地点」(行先)
    を要素とする進路表現であり、道案内の記述である。

B.「伊都国」では、倭人三十国案内ルートからの三本の分岐ルート
  「分岐起点」─「至地点」=「数値」(終端・起端路)の要素表現で
  分岐を案内している。
  三十国案内ルート上にある伊都国からの既知三本の分岐路で
  終端路を示している。
  ※条件句に進路距離がないときは、単に行路の距離を示す
   表現である。
  ※狗邪韓国の「基点」─「距離」=「到地点」の要素表現は、
   次に延長路表現が来ているため、始端路である。

C.三本の分岐案内(奴国、不弥国、投馬国)に次ぐ、「南至邪馬台国」は
  三十国案内ルート上の「伊都国」→「邪馬台国」への道案内である。
  ここは、「中継起点」─「距離」=「至地点」の延長路案内である。
  (本来ならば、「伊都国─百里以下=邪馬台国」の表現である。
  距離が百里以下の端数距離のため、省略した道案内になっている、
  三十国案内ルート上の伊都国で、「ここから南隣は、邪馬台国だ」と
  書いているのである。

D.行路記事の中の里数を記述している最後では、
 「至邪馬台国女王之所都水行十日陸行一月」と記述されている。
 三十国案内ルートの基点(郡)から女王国までの所要日数を案内
 している。
 すなわち、原文では「従郡至倭水行十日陸行一月」となる一文である。
 行路文冒頭の「従郡至倭」に後続する「循海岸・・・・・・女王之所都」
 までの すべての語句はカッコ文であり、全体の道にたいする
 各区間路の案内である。

E.邪馬台国以降は「道里」不明なため、単に「次有国」とし、
  数珠つなぎにして、残りのニ十一国を案内している。

F.行路記事締めくくり句である、女王国境界外の「其南有狗奴国」直後の
 「自郡至女王国万二千余里」の句は、使節をよこしてくる女王国および
 その他の 倭人すべての国(三十国)をすべて案内したことを受けた
 まとめ句である。
 ただし道里が判明している「倭人三十国を案内する道」の区間路のみの
 合計距離である。(投馬国などの分岐ルートは含まれていない)

二種類の里程文要素句と語順について

A. 「基点」(原文では自明のためすべて省略)・・・・前提句
   |
  「至点」・・・・・・条件句 (・・・・・・までのルート)
=────────────────────
  「距離」 ・・・・結語句 (次行路の前提句:)

          ただし、結語句が数値のときは、次に数値が後続しない限り、
          接続不可の終端路である。すなわち、
          奴路=百里(百里の奴路)、
          不弥路=百里(百里の不弥路)、
          投馬水路=水行二十日(水行二十日間かかる投馬水路)
          以上は、単に行路の長さ表現である。起点にはなり得ない。
          原文は、そのまま連続する文には決してならない。
          上記3つの行路は、すべて結語句「伊都国」を前提(起点)
          とする案内の表現になっている。
          これだけで、この3つの行路をつなげている最有力説
          邪馬台国=畿内大和説はまったく成立しない。


B. 「中継起点」  ・・・・ 前提句(先行区間路の結語)
   |     (いわば、巻尺テープの繰り出し長さとその先端到達地点)
   |     狗邪韓国→伊都国→邪馬台国までの本ルートの行路表現は、
   |     条件句にある距離案内ではなく、結語句の行先案内表現である。
   |
  「距離」・・・・・・・・・・ 条件句(「三十国案内の道」の各区間路の延長距離
=─────────────────────────
  「至地点」 ・・・・・・・・・・ 結語句(延長区間路の先端地名)

■邪馬台国=畿内大和説の基本的誤り
  「南至邪馬台国」=「水行十日陸行一月」の行路文とする定説の読み方は
  誤りである。
  南とあるので、この起点は確かに「伊都国である。
  伊都国を中継基点として、
  「倭人三十国案内ルート」上の「中継起点」(伊都国)から
    「南進百里以=」─「至邪馬台国」
    の一文である。

■水行十日陸行一月の「前提句」と「条件句」:

  ○前提句:
   伊都国ではなく、冒頭に出てくる「従郡至倭」の「従郡」、
   すなわり本ルート基点の帯方郡である。

  ○条件句:
   「従郡至倭」の「至倭」、すなわち倭地三十国一巡の道である。
  
  ○「女王之所都」と「水行十日陸行一月」は、「所」で区切られている。

   「所」の語句は
    行路記事では、「所」は区切り句として使用されていることに注目する
    必要がある。

   ※倭人伝行路記事に記述されている「所」をすべて拾い出してみよう。
      ・今使譯所通「三十國」→從郡至倭(倭人伝冒頭部分)
      ・所居絶島→方四百里(対馬国)
      ・郡使往來常所駐→東南至奴國百里(伊都国)
      ・女王之所都→水行十日陸行一月(邪馬台国)
      ・此女王境界所盡→其南有狗奴國(行路記事末尾)
      →所に後続する語句は、基本的手に別文に移行している。

     つまり、
     南至邪馬台国女王之所都の前提句は、伊都国であり、
     水行十日陸行一月の前提句は、上図からわかるように
     「従郡至倭」の倭一巡本ルート(三本の分岐路を除く)だと
     いうことである。

     ○ 「従郡至倭」(循海岸水行・・・・女王之所都)水行十日陸行一月
      国別行路は、カッコの文と見るとわかりやすい。

考察ポイント③ 用語:A.「里」、B.「至」、C.「方位」の意味について

 A.「里」
  行路記事から、至地名と「里」をセットにしてすべてピックアップシてみよう。
1. 到其北岸狗邪韓国七千「余里」・・・韓国行路(郡から海上ルートを経て韓国へ)
2・ 千「余里」至対馬国・・・・・・・・・・・・・朝鮮海峡
3. 方可四百「余里」・・・・・・・・・・・・・・・対馬
4. 千「余里」至一大国・・・・・・・・・・・・・対馬海峡
5. 方可三百里
6. 千「余里」至末羅国 ・・・・・・・・・・・・壱岐水道
7. 五百里到伊都国  (九州北岸)
8. 至奴国百里 (九州北岸)
9. 至不弥国百里(九州北岸)
10・ 自郡至女王国万二千「余里」・・・・・上記のすべてを含む行路

 ※「余里」の行路を見てみよう。
  ・郡からの出発ルート、朝鮮海峡、対馬半周巡り、対馬海峡、壱岐水道など
   すべて水上ルートに関係する区間であることがわかる。海上では性格な
   里数が計算できなかったからと思われる。
   一方。陸路区間は、歩数で確認できたためか「余」はついていないことが
   わかる。

 B..「至」
 行路記事から、至地名と「里」をセットにしてすべてピックアップシてみよう。
      条件句(経路)     結語(起点からの累計)または経路の先端地名
 1・ 「到其北岸狗邪韓国」       七千余里
 2. 千余里                「至対馬国」
 3. 千余里                「至一大島」
 4. 千余里                「至末羅国」
 5. 五百里                「到伊都国」
 6. 至奴国                「百里」
 7. 至不弥国               「百里」
 8・ 至女王国               「万二千余里」

  条件句は、すべて「~までの」長さを示す行路である。
  例えば、6.「至奴国百里」は、「奴国までに道」は「百里」である。
  また2.「千余里至対馬国」は、「千余里ルートの先は」「対馬国」である。
  したがって、原文「至奴国百里至不弥国百里」について、
  奴国に着いた。百里だ。そこから「不弥国まで百里だ」などという解釈は
  論外である。

 C.「方位」
 行路記事から、方位をすべて、ピックアップシてみよう。
 1.韓国行路: 歴韓国「乍南乍東」
 2・対馬海峡: 又「南」渡一海
 3.末羅国から: 「東南」陸行
 4.「東南」至奴国
 5.「東行」至不弥国
 6.「南」至投馬国
 7・「南」至邪馬台国
   上記の方位記述箇所は、すべて別方位の道があったことを暗示している。
   特に、2.{対馬海峡: 又「南」渡一海}の又南は、東南にも伊都方面に
   直接向かう別ルートがあったと推定される。しかし、ここは使節をよこしてくる
   末羅国を記述するため南のルートをとったと思われる。
   また、3.の末羅から東南陸行路は、当然、西南方面などの行路が
   あったはずである。重要な分かれ道があるところでは、あえて方位を
   出して、進むべき道を案内している。
   4~7の東南、東、南の方向記述は、起点一箇所からの方位案内である。
   畿内説のように、本来は一本道を描写しているのに、伊都、奴、不弥、投馬の
   それぞれに着くたびに方位を出しているのはあまりにも不自然である。
   ここからも、すべて伊都国起点が確認できる。

魏志倭人伝原文の各行路記事詳細:

■倭地定義文」
「倭人」
  ├ 在帶方東南大海之中
  ├依山島爲國邑(舊百餘國)
  ├漢時有朝見者
  ├今使譯所通
「三十國」
上記の直後に後続する
従郡至「倭」の倭は、当然上記の定義にもとづく「倭人三十国」である。
朝鮮の各国は「~国」として国を明記しているが、倭の場合は、倭国ではなく
倭人である。

①郡→倭人三十國めぐり(案内)ルートへ:(【行路】:原文の行路記事)
 【從郡至倭】
   上記の通り「至倭」とは、「倭人」の定義文の「倭人三十国巡り案内の道」
   の意味である。

②狗邪韓国ルート
 【循海岸水行 歴韓國 乍南乍東 到其北岸狗邪韓國 七千餘里
・・・・・・・・・・この条件句:至地名=累計数値の語順は、
        二地点のうちの一地点が始点または終点とするルートの始端路
        または終端路を記述する里程文

        「至地名」=「結語数値」の始端路文である。

             到狗邪韓国  七千余里

    ※条件句に「至狗邪韓国」ではなく、「到狗邪韓国」と記述されている。
      これは「倭人三十国巡りの道」上の倭の地到着を意味するものと
      思われる。
        
        この左側の条件句「「至地名」は、そこに着いたという結語ではなく
        「その地点までの道を行った場合」、もしくは「その地点までの道」
        である。
        この始端路または終端路に道を連結する時は、その後続区間路には
        条件句に「倭人三十国巡り案内の道」を延長する「距離」が入っている
        必要がある。

  ◎通説批判:
        韓国西海岸を南に、東に水上を船で進んでその北岸の狗邪韓国に
        到着したと解釈しているが、これは完全な誤解である。
        第一に、筆者は韓国の地については、「方四千里」と定義している。
        その四千里の左辺上端から右辺下端に進むのに、七千余里とは
        あまりに露骨な原文無視である。
        実体地理を持ち出してお茶を濁しているが、筆者が何を元にして
        行路記事を記述したか丸でわかっていないためである。

③対馬ルート(朝鮮海峡横断+方四百里二辺巡り)
 【始度一海千餘里 至對馬國
  其大官曰卑狗 副曰卑奴母離
  所居絶島 方可四百餘里 土地山險 多深林 道路如禽鹿徑
  有千餘戸 無良田 食海物自活 乗船南北市糴


  上記の対馬国内の説明文は、文章構造としては第三階層の文である。
  第一階層は、「従郡至倭水行十日陸行一月」の三十国巡りの主路;
  第二階層は、(循海岸水行・・・・南至邪馬台国女王之所都」)の
           主路の各区間路・分岐路;
  第三階層は、その各国内の説明文の形式で記述されている。

            前提          条件      結語
        「地名(または数値)」   「距離」 = 「至地名」

                         千余里     至対馬国

        条件句=数値の意味は、「倭人三十国巡りの道」七千余里に
        千余里を延ばした区間路の連結表現である。その先端が対馬国である。
        対馬国の方可四百余里は、天は円く、地は方形であるという古代中国の
        天円地方の宇宙観からの描写である。(韓国=方四千里も同一)
        
        その「方可四百余里」は、一海(朝鮮海峡)と一海(対馬海峡に
        挟まれた空間領域を示している。陳寿の机上「倭地スケッチ図」を
        基にしている記述である。
        当然、進路ルートとして二つの海峡横断ルートをつなぐ二辺の
        距離を加算し連結する必要がある。

 ◎通説批判:
        実体地理と比較して、その「南」方位、「千余里」の距離を取り上げて
        著者の記述をとやかく言う向きが多いが、上述したように、筆者は、
        それまで倭地に赴いた魏使の情報を下地にした上で、
        わかり易い机上スケッチ地図を基準にして行路記事を書いている
        のである。
        他の箇所を含めて、方位・距離はすべて、著者なりの概念に基づく
        「定義」である。
        後世の読者は、まずは陳寿の「定義」に基づいて素直に解釈して
        ゆく必要がある。

④一支ルート(対馬海峡横断+方三百里二辺巡り)
 【又南渡一海千餘里 名曰瀚海 至一大國
  官亦曰卑狗
  副曰卑奴母離 方可三百里 多竹木叢林 有三千許家
  差有田地 耕田猶不足食 亦南北市糴


            前提          条件      結語
        「地名(または数値)」   「距離」 = 「至地名」

                         千余里     至一大国

        上記の対馬ルートの記述と基本的には同一である。
        一大国は、方可三百里の空間、南北(上下)は、対馬海峡と
        壱岐水道である。

⑤末羅ルート(壱岐水道ルート)
 【又渡一海千餘里 至末廬國
  有四千餘戸 濱山海居
  草木茂盛 行不見前人 好捕魚鰒 水無深淺 皆沈没取之


            前提          条件      結語
        「地名(または数値)」   「距離」 = 「至地名」

                         千余里     至末羅国

   「又渡一海・・・」であり、ここには方位はない。
   おそらくは、選択する余地のない一本道ルートであったと思われる。
 
 ◎通説批判:
    この壱岐水道区間「千余里」は、実体地理の朝鮮海峡と比較して
    あまりにおかしいとする指摘がある。
    これについては、陳寿の執筆意図および定義に対する理解不足である。

⑥伊都ルート(九州北岸陸路)
 【東南陸行五百里 到伊都國
  官曰爾支 副曰泄謨觚 柄渠觚
  有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐


            前提          条件      結語
        「地名(または数値)」   「距離」 = 「至地名」

                         五百里    到伊都国

      伊都国は、魏使の常駐する所である。
      「倭人三十国巡りの道」の延長区間路「里」の記述はここで終わっている。
      「到」は、その道の最終地点であるため「至」ではなく、「到」が使用
      されていると考えられる。
      その延長路最終地点の伊都国以降は、すべて伊都国を足場にした
      表現になっている。
      分岐路の奴国、不弥国、投馬国までは、いわば「倭人三十国巡りの道」の
      伊都国地点からその三国までの単なる方面路距離を記述している。
      主路の邪馬台国までは里数省略そしてそれ以降は、距離表現なしの
      数珠つなぎ表現である。

⑦奴ルート(伊都分岐ルート)
 【東南至奴國百里
  官曰?馬觚 副曰卑奴母離 有二萬餘戸

            前提          条件      結語
           「地名」    「至地名」   「数値」 

                         至奴国    百里
           (ここから)     (奴国までの道は百里である。) 
          ※原文:東南「至奴国」「百里」東行「至不弥国」「百里」
           この原文を通説は、「奴国に着いた。百里だ。さらに東に行くと
           不弥国び着いた。百里だ。」などというわけもわからない
           日本語になるはずがないのである。
           この「至地名」を条件句ととして読めば、
           ここから「東南方面の奴国までは百里」、さらに「東に行く
           不弥国までは百里」の普通の日本語文になるのである。

⑧不弥ルート(伊都分岐ルート)
 【東行至不彌國百里
  官曰多模 副曰卑奴母離 有千餘家

            前提          条件      結語
           「地名」    「至地名」   「数値」 

                         至不弥国    百里
        (ここから) (不弥国までの道は百里である。)    

⑨投馬水行ルート(伊都分岐ルート)
 【南至投馬國 水行二十日
  官曰彌彌 副曰彌彌那利 可五萬餘戸

            前提          条件      結語
           「地名」    「至地名」   「数値」 

                         至投馬国    水行
        (ここから) (投馬国までの道は水行二十日である。)    

⑩邪馬台国ルート(伊都国から本ルート)
 【南至邪馬壹國
  女王之所都

            前提          条件      結語
        「地名(または数値)」   「距離」 = 「至地名」

             百里以下(記載なし)  至邪馬台国

⑪郡ー邪馬台国本ルート
 【水行十日 陸行一月
  官有伊支馬 次曰彌馬升 次曰彌馬獲支 次曰奴佳? 可七萬餘戸
  自女王國以北 其戸數道里可得略載 其餘旁國遠絶 不可得詳


⑫道里不明ルート(邪馬台国以降)
 【次有斯馬國 次有已百支國 次有伊邪國 次有都支國 次有彌奴國
 次有好古都國 次有不呼國 次有姐奴國 次有對蘇國 次有蘇奴國
 次有呼邑國 次有華奴蘇奴國 次有鬼國 次有爲吾國 次有鬼奴國
 次有邪馬國 次有躬臣國 次有巴利國 次有支惟國 次有烏奴國
 次有奴國】
(=伊都国から東南の奴国)
  此女王境界所盡

⑬女王国境界外
 【其南有狗奴國
  男子爲王 其官有狗古智卑狗 不屬女王

⑭郡→女王国(および統属含む)国ルート
 【自郡至女王國 萬二千餘里

魏志倭人伝全文の簡易読法

魏志倭人伝全文簡易読み
■魏志倭人伝 冒頭文

原文

【倭人】+在 ×帯方東南大海之中、+依×山島、┼為×國邑(舊百餘國)、漢時+有×朝見者、今使譯所通= 三十國
定番訓読
倭人は帯方の東南大海の中にあり、山島に依りて國邑をなす。
旧百余國。漢の時朝見する者あり、今、使訳通ずる所三十國。
タテ-樹幹、ヨコ-樹枝 :尻取り句
語順読み下し
【倭人】┐
    ├在: 帯方東南大海之中 
   樹├依: 山島
   幹├為: 国邑    
    │   枝└─旧百余國
    ├漢時/有:   朝見者    
    └今使訳/所通: 三十国    
倭人が 
在る所は? 帯方東南大海之中
依るところは? 山島
為すものは? 国邑
  (それは)もと百余國
漢の時あったものは?朝見する者
今使訳通ずる所は? 三十国
ポイント:
原文は、大雑把には【主語】、+述語、×[目的語]に三区分される。
これは多くの場合、起・承・結句に対応する・
主語は、全体概念、多くの場合はテーマ、既有情報
述語は、主語の全体概念の部分概念、既有情報を展開して新情報を引き出す展開項目
目的語は、主語と述語の前提・条件に対する結果。あたかも地中の分母から地表の分子として表に出てくるイメージ
[倭人]: 倭人は既有情報。「倭」、「倭国」は既有情報にはなっていなかった。したがって、東夷伝中の朝鮮の各国などのように固有名詞(国名)を使用できなかったと考えられる。
[今使訳通ずる所三十国]は、後続の行路文全体につながる全般的背景情報になっている。

「尻取り唄式読み方」(以下、多くの場合、テーマを転換させる主語が変わらないかぎり適用可能)
 (倭人在るところは)帯方東南大海之中
   (大海之中で)依るところは山島
    (山島で)為すこと國邑
      (国邑は)舊百餘國
        (旧百余国から)漢の時あり朝見する者
          (朝見する者は)今は使譯を通じるところ三十国

2 全体行路

原文
従郡 + 至倭= (後続の個別行路記事)

定番訓読
郡から倭に至るには、
 |従郡至倭]

ポイント:
[郡から倭方面に向かうには]とは:
  先行一文の最新情報を受けたテーマ句である。すなわち「倭人・・・三十国」。したがって、ここの実質的な意味は「郡からThe倭(倭人三十国)へ向かうには」となる。
円グラフ上では、全体の半径線がそれに相当する。
倭人の地に三十国以外の国があったとしても、案内の対象外だという記述になっている。倭人の国は、必ずしも国体としての倭国と同義ではない。
「郡から倭方面に向かうには」の具体的な経路は:
  倭人三十国路である:
分数概念:
  狗邪韓国→対馬国・・・伊都國→邪馬壱国、次有国二十一国(奴国に戻る)・・部分
郡─────────────────────────────────
          倭人の地の三十国を巡る道程 ・・・全体


3.韓国行路
原文

+循×海岸、+水行、+歴×韓国、+乍南乍東、+到×其北岸狗邪韓国
=七千余里
定番訓読
郡から倭に至るには、海岸に循って水行し、韓國を歴て、あるいは南しあるいは東し、その北岸狗邪韓國に到る七千余里
|従郡至倭|
   ├循:  海岸 
  樹├水行 
   ├歴:  韓國
   ├乍/南
  幹├乍/東  
   ├到:  其北岸狗邪韓国
   ├(是):七千余里
続く ↓

郡から倭方面に向かうに(路)は
循うところは? 海岸
(そこを)水行
(それから)歴するところは? 韓の国々
(そこを)あるいは南に行き、
あるいは東に行き、
到るところは? その北岸の狗邪韓国
(そこまで)七千余里
ポイント:
[七千余里]とは: 東夷伝の中で、三つの韓の国々の地は、四千里平方と定義されている。したがって、多くの「漢文読み下し」論で想定されている韓国の西海岸と南海岸の二辺迂回論は論理的には完全な誤解である。この二辺迂回論を適用するなら、それは対馬と壱岐の間違いであろう。この七千余里は、東夷伝の定義を前提とした距離、すなわち現代でも「歴欧」などと使われるように、三つの韓国の地を次から次へ点々として進む距離である。
[その北岸]とは: 
  一般的には、著者の勘違いとされているようである。
 しかし、これは著者の建前・論理を前提にすれば決して間違いではない。倭の主要地に対する北岸である。すなわち、倭の主要地は、今の釜山の海をはさんで対面する北九州沿岸地域である。すなわち中国からイメージされている「倭」とは、対馬・壱岐島を中心点とする海洋国「倭」であり、その南岸である。

4.対馬行路
原文

+始度 ×一海千余里=至対馬国
(其大官曰卑狗副曰卑奴母離所居絶島方可四百余里土地山険多深林道路如禽鹿径有千余戸無良田食海物自活、乗船南北市糴)
定番訓読
始めて一海を度る千余里、対馬國に至る。その大官を卑狗と日い、副を卑奴母離という。居る所絶島、方四百余里ばかり。土地は山険しく深林多く、道路は禽鹿の徑の如し。千余戸有り。良田無く、海物を食して自活し、船に乗りて南北に市糴す。

   ├(:七千余里)
   ├(始)度: 一海千余里     
   ├至: 対馬国 【現地情報】(従文)
   │    └┬──其大官╲曰: 卑狗           
  樹│     ├──副╲曰:   卑奴母離
   │    分├──所居:    絶島
   │     ├──(是):   方可四百余里
  幹│    枝├──土地:    山険・多深林
   │     ├──道路╲如:  禽鹿径
   │     ├──有;    千余戸
   │     ├──無:    良田
   │     ├──食:    海物 
   │     ├─to自活:
   │     ├──乗:    船
   │     ├──南北:
   ↓     └──市:    糴

始めて渡る所は?
  一海(それは)千余里
至るところは?  対馬国
其の大官の名は? 卑狗
副の名は? 卑奴母離
居るところは? 所は絶島
(それは)方可四百余里
土地山険しく、多いもの? 深林
道路はまるで何? 禽鹿径
(そこに)ある家は? 千余戸
(恵まれ)ないものは? 良田
食べ物は? 海の物
自給するため、
乗り物は? 船で
南北に出かけ
売買するものは? 米などの食料
ポイント:
[渡るところ一海千余里]とは: 陳寿定義による点と四角形を結ぶ線、すなわち四千里平方の韓国(三韓)南岸の右端からその下に位置する四百里平方の島までの直線(渡る)で千余里。朝鮮海峡だ。
「方四百里」とは: 千余里の直線の下は、四百里平方の四角形の空間である。
大半の邪馬台国論は、対馬の厳原に寄航したなどとロマン溢れる想定をされておられるが、原文は単にIF-THEN論理で淡々と書かれた地図上の案内文に過ぎない。
「一海」とは:
  朝鮮海峡(一海)を渡って千余里もゆけば四角形の対馬だ、とそれだけを無機質に描写しているのである。したがって、幾何学的視点に立てば、対馬南端までの距離は千余里+四百里×2の距離になる。

5.壱岐行路
原文

+又南渡 ×海千余里(名曰瀚海)=至一支国
(官亦曰卑狗副曰卑奴母離方可三百里多竹木叢林有三千許家差有田地耕田猶不足食亦南北市糴)
定番訓読
又南に一海を渡る千余里、名づけて翰海という。一大國に至る。官また卑狗と日い、副を卑奴母離という。方三百里ばかり。竹木・叢林多く、三千ばかりの家有り。やや田地有り、田を耕せど、なお食するに足らず、また南北に市糴す

木構造:タテ-樹幹、ヨコ-樹枝
語順読み下し
 
   ├(至: 対馬国)   
   ├(又南)渡: 一海千余里 
   │      └─(名╲曰:瀚海)
   ├至: 一支国 【現地情報】(従文)
   │     └┬─官╲(亦)曰: 卑狗          
  樹│      ├─副╲曰:    卑奴母離
   │     分├─(是):    方可三百里
  幹│      ├─多:      竹木・叢林   
   │     枝├─有:      三千許家
   │      ├─(差)有:   田地
   │      ├─耕:      田
   │      ├─(猶)不足:  食
   │      ├─(亦)乗:   船
   │      ├─南北:
   ↓      └─市:糴

又南に渡るところは?
 一海(それは)千余里
(それは)名を曰うに瀚海
至るところは? 一支国、
亦 官の名は? 卑狗
副の名は? 卑奴母離
(それは)およそ方三百里
多いもの、それは? 竹木・叢林
あるもの? 三千許家
ややあるもの? 田地
耕すもの? 田
猶不足しているもの? 食料
亦、乗り物は船で
南北に出かけ
売買するものは? 米などの食料
ポイント:
[渡るところ一海(それは)千余里]とは:
  北に位置する四百里平方の対馬の一点から三百里平方の壱岐まで地図上で垂線を下ろした直線の長さが千余里。この二つの四角形の間の海峡が対馬海峡である。
三番目の壱岐水道に抜けるには、四角形の壱岐島の二辺を迂回する必要がある。
行路計算:
    狗邪韓国   四百里平方   三百里平方  末廬国
      ●──1000──□──1000──□──1000──●
 陳寿の目線は、「朝鮮半島-倭地」鳥瞰である。したがって方四百里および方三百里の空間は、道程の長さに入ると考えられる。


6.松浦行路
原文

+又渡×一海千余里=至末廬国
(有四千余戸濱山海居草木茂盛行不見前人好捕魚鰒無深浅皆沈没取之)
定番訓読
又一海を渡る千余里、末盧國に至る。四千余戸有り。山海に浜うて居る。草木茂盛し行くに前人を見ず。好んで魚腹を捕え、水深浅と無く、皆沈没して之を取る
 
   ├(至: 一支国)       
   ├(又)渡: 一海千余里   
   ├至: 末廬国 
   │   │ 【現地情報】(従文)
  樹│   └┬─有:   四千余戸
   │   分├─濱:   山海
  幹│    ├─居:
   │   枝├─草木:  茂盛           
   │    ├─行+不見: 前     
   │    ├─人+好: to捕:魚鰒    
   │    ├─無:   深浅   
   │    ├─(皆)  沈没 
   ↓    └─取:   之


又渡るところは?一海千余里
至るところは? 末廬国
 
(そこに)あるものは? 四千余戸
濱うところは?  山海
(そこで)居をなす。 
草木 茂盛している、そのため
行く(路)に見えないところ? 前方
人が好むもの? 掴まえること 魚鰒
深い浅いに関係なく、
皆沈没して
とるもの? それ
ポイント:
[渡るところ一海千余里]とは:
 三百里平方の壱岐南端から地図上で垂線を下ろした直線の長さが千余里。その直線の到達地点は北九州の設定になっている。この横断する一海は壱岐水道だ。
[草木茂盛行不見前]とは: 定番訳では、草木茂盛行不見前人、最後に「人」をつけている。しかしこれは誤解であろう。
「好」の主語は:
  主語は、人、すなわち土地の人である。行路記事に続いてすぐ後に「今、倭の水人、好んで沈没して、魚蛤を補う。」という一文があるのである。同じ内容の描写である。
定番訳「草木茂盛し行くに前人を見ず」の句読点がおかしい。「前人を見ず」は情緒的である。主体が今、その草深い道をかき分けかき分けながら進んでいるイメージなのであろうが。字句解釈に拘泥しがちな「漢文読み下し」の一端を示していると言える。主語の水人は、テーマを切替える次の文の主語である。
「草木茂盛」とは
  構文的には、英文語法によく見られる「草木茂盛so that ・・」行く路は前方が見えないほどだ、草木の生い茂る地であることを描写しているだけである。

7.糸島行路
原文

+東南陸行×五百里=到伊都國
(官曰爾支副曰泄謨觚・柄渠觚有千餘戸世有王皆統属女王國郡使往來常所駐)
定番訓読
東南陸行五百里、伊都國に到る。官を爾支といい、副を泄謨觚・柄渠觚と日う。千余戸有り。世々王有るも皆女王國に統属す。郡使の往来常に駐る所なり。
   ├(至:末廬国)       
   ├(東南)陸行: 五百里    
   ├到: 伊都國  
  樹│    │  【現地情報】(従文)
   │    └┬─官+曰: 爾支 
  幹│    分├─副+曰: 泄謨觚・柄渠觚
   │     ├─有:   千餘戸 
   │    枝├─世+有: 王 
   │     ├─皆+統属: 女王國  
   │     ├─郡使+往來: 
   ↓     └─(常)所駐
(そこから)
東南に陸路行く距離は?五百里
到るところは? 伊都國

(ここの)官の名は? 爾支
副の名は? 泄謨觚・柄渠觚
有るもの(家)は? 千餘戸
世にある者は? 王
皆統属するところは? 女王国
郡使 往来し、常に駐まる所
ポイント:
[到伊都國]とは:
郡から伊都國まで続いてきた道である。そしてここは、いわば「交差点」である。
一つは、到伊都國の「到」がとれた「交差点」としての一地点「伊都國」である。ここが三方面路の起点だ。
もう一つは、「到伊都國」の道、伊都國まで来たみちがそのまま道なりに女王国方面へ向かう道である。こちらは、郡からきた道がこの伊都國を経由で南の邪馬台国へ通じる道である。
「伊都國の役割」:
  これより先は、いわば山頂(伊都國)から俯瞰した方面路および所在地案内である。使節をよこしてくる倭人三十国を案内する要所である。
分岐路の起点:
主行路の郡→伊都國→邪馬壱国→その他の二十一国の路と、伊都國で分岐する奴国・不弥国・投馬国方面路のいわば「ターミナル」の地である。
分数概念                     ┌→0→分岐三方面路
  区間路:狗邪韓国→対馬国→一大国→末廬国+→伊都國(→邪馬壱国)   
 郡───────────────────────|────(=水行十日陸行一月)
 0      全体路:           


8.分岐方面路
原文

+東南至×奴國=百里(官曰兜馬觚副曰卑奴母離有二萬餘戸)
+東行至×不彌國=百里(官曰多模副曰卑奴母離有千餘家)。
+南至×投馬国=水行二十曰(官曰彌彌副曰彌彌那利可五萬餘戸)。
定番訓読
東南奴國に至る百里。官を兇馬觚といい副を卑奴母離という。二萬余戸有り。
東行不彌國に至る百里。官を多模といい、副を卑奴母離という。千余家有り。
南、投馬國に至る。水行二十日。官を彌彌といい、副を彌彌那利という。五萬余戸ばかり。

木構造:タテ-樹幹、ヨコ-樹枝
語順読み下し
   ├到:伊都國(ここから)分岐路                  
   │    ├┬─東南至:奴国   
  樹│    │└─(是):百里    │   
   │   分│  官+曰: 兜馬觚┤小
   │    │ 副+曰: 卑奴母離┤分
  幹│   枝│   有: 二萬餘戸┘枝
   │    │    
   │    ├┬─東行+至: 不彌國
   │    │└─(是) : 百里 │     
   │    │  官+曰: 多模 ─┤
   │    │  副+曰: 卑奴母離┤分
   │    │  有: 千余家  ─┘枝
│    │
   │    ├┬─南至 : 投馬国
        │└─(是):水行二十曰           
   │    │    官+曰:彌彌 ┤小
   │    │  副+曰:彌彌那利 ┤分
   │    └    :可五萬餘戸 ┘枝         
(そこから)
東南至るところは? 
奴國=(そこまで)百里
官の名は? 兜馬觚
副の名は? 卑奴母離
有るもの(家)は? 二萬餘戸

東に行くと至るところは?
 不弥国=(そこまで)百里
官の名は? 多模
副の名は? 卑奴母離
有るもの(家)は? 千余家

南に至るところは? 投馬国(そこまで)水行二十曰
官の名は? 彌彌
副の名は? 彌彌那利
有るもの(家)は? 可五萬餘戸
ポイント:
[至奴国百里]とは: 
   A点(原起点=0)+ B(至奴国) = C(百里)

この分岐部分については、既に序章などで説明済みのため省略


9.邪馬台国行路
原文

+南至×邪馬臺國女王之所都=水行十曰陸行一月
(官有伊支馬次曰彌馬升次曰彌馬獲支次曰奴佳鞮可七萬餘戸)
(自女王國以北其戸藪道里可得略載其餘旁國遠絶不可得詳。)
定番訓読
南、邪馬壱國に至る。女王の都する所なり。水行十日・陸行一月。官に伊支馬有り。次を彌馬升といい、次を彌馬獲支といい、次を奴佳鞮と日う。七萬余戸ばかり。女王國より以北、その戸数・道里は得て略載すべきも、その余の傍國は遠絶にして得て詳らかにすべからず。
   ├(到伊都國)          
  樹├南至:邪馬壱国女王之所都    
  幹├    ↓:水行十日陸行一月 
  の│    ├─官+有:伊支馬
  先|   分├─次+曰:彌馬升 
  端|    ├─次+曰:彌馬獲支
  へ|   枝├─次+曰:奴佳鞮
   ↓    └─ :可七萬餘戸               
南に至るところは
邪馬壱国、それは女王が都を置く所
(そこまで)水行十日陸行一月
官にあるのは? 伊支馬
次の名は? 彌馬升
次の名は? 彌馬獲支
次の名は? 奴佳鞮
(ある戸数は?)七萬餘戸ばかり
ポイント:
この行路は、いわば最後の最上部の「分節」までの樹枝。その先端は枝葉が生い茂ってよく見えなくない(その余の国々)、といったところではなかろうか。

          区間路: 南至邪馬壱国の路
従郡(円心)─────────────────────=水行十日陸行一月(円周)
                全体路:   


10.その二十一国区間
原文

+次有×斯馬國、+次有×已百支國、+次有×伊邪國、+次有×都支國、+次有×彌奴國、+次有×好古都國、+次有×不呼國、+次有×姐奴國、+次有×對蘇國、+次有×蘇蚊國、+次有×呼邑國、+次有×華奴蘇奴國、+次有×鬼國、+次有×爲吾國、+次有×鬼奴國、┼次有×邪馬國、+次有×躬臣國、+次有×巴利國、+次有×支惟國、+爽有×烏奴國、+次有×奴國、(此女王境界所盡)。
定番訓読
次に斯馬國有り。次に巳百支國有り。次に伊邪國有り。次に都支國有り。次に彌奴國有り。次に好古都國有り。次に不呼國有り。次に姐奴國有り。次に対蘇國あり。次に蘇奴國有り。次に呼邑國有り。次に華奴蘇奴國有り。次に鬼國有り。次に為吾國有り。次に鬼奴國有り。次に邪馬國有り。 次に躬臣國有り。次に巴利國有り。次に支惟國有り。次に烏奴國有り。次に奴國有り。此れ女王の境界の尽くる所なり。
   │邪馬壱国(女王之所都)
   ├:水行十日陸行一月
   │    自女王國以北(国)
   │    其戸藪道里可得:略載
   │    其餘旁國   :遠絶
   │    不可得:詳      
   ├次有:斯馬國
   ├次有:已百支國
   ├次有;伊邪國
   ├次有:都支國
   ├次有:彌奴國
   ├次有:好古都國
   ├次有:不呼國
   ├次有:姐奴國
   ├次有:対對蘇國
   ├次有:蘇蚊國
   ├次有:呼邑國
   ├次有:華奴蘇奴國
   ├次有:鬼國
   ├次有:爲吾國
   ├次有:鬼奴國
   ├次有:邪馬國
   ├次有:躬臣國
   ├次有:巴利國
   ├次有:支惟國
   ├次有:烏奴國
   └次有:奴國
         └─此女王境界所盡
    


女王国から以北のところでは
その戸数・道里で可能なものは?略載 
その他の国々は 遠く隔たり、
不可能なものは? 詳述
次にある国 斯馬國
次にある国 已百支國
次にある国 伊邪國
次にある国 都支國
次にある国 彌奴國
次にある国 好古都國
次にある国 不呼國
次にある国 姐奴國
次にある国 対對蘇國
次にある国 蘇蚊國
次にある国 呼邑國
次にある国 華奴蘇奴國
次にある国 鬼國
次にある国 爲吾國
次にある国 鬼奴國
次にある国 邪馬國
次にある国 躬臣國
次にある国 巴利國
次にある国 支惟國
次にある国 烏奴國
次にある国 奴國
      └─ここで女王の
        境界が尽きる
ポイント:
「自女王国以北」とは、
  全体三十の国々のうち、女王の都のある邪馬壱国地点までに記載してきた国々をさしている。
「其餘旁國遠絶」とは、
  これから記述する二十一の国々。
一体どこから遠く隔たっているのであろうか? 記述地点の邪馬台国から遠絶とは不可解な表現である。
  倭人伝行路文の視点は、全体路については言うまでもなく、帯方郡におかれている。
次有斯馬国とは、
 どの国の次であろうか? 直前に記述されている「南至邪馬壱国」の次にある国である。この記述は、「漢文読み下し」で解釈されているような、邪馬壱国が終着地点になっていない。三十国の案内記述を完了しない限り終了しないのである。
「次有奴國此女王境界所盡」とは、
 ここまで案内した三十国路では、つぎにThe奴国があると言っている。The奴国とは、言うまでもなく伊都國の東南で、邪馬壱国からは、おそらく東に位置する大国の「奴国」である。つまり、伊都國の南の邪馬壱国から次々に巡って元の位置に近い奴国にもどる案内になっているのである。「次有奴国」の語順は、既知情報の奴国であっても、位置関係を示す新情報として対応させていると考えられる。
その其餘旁國の領域とは:
  されほど広大な空間であるとは考えられない。邪馬壱国から一巡して、結局は伊都國近くの奴国へ戻ってきていることを考えても、私達が思い込んでいる大きさと比較すると、かなり小規模な範囲の領域であるようだ。

11. 狗奴国
原文

+其南有×狗奴國(男子爲王、其官有狗古智卑狗。不囑女王。)
自郡+至×女王國 =萬二千餘里。

定番訓読
その南に狗奴國有り。男子を王となす。その官に狗古智卑狗有り。女王に属せず。
郡より女王國に至る萬二千余里。

木構造:タテ-樹幹、ヨコ-樹枝
語順読み下し
   │    └─此女王境界所盡
   │
   ├其南/有:狗奴國   
  樹│      │ 【現地情報】(従文)
  幹│     分├男子爲: 王
  先│     枝├其官有: 狗古智卑狗
  端│      └不囑:  女王   
  枝├自郡/至: 女王国
  葉└(是):  萬二千余里
    
女王の支配領域
その南にある国は? 狗奴国
(そこでは)
男子がなるものは? 王
その官にあるもの? 狗古智卑狗
(そこは)服属しないところは?
   女王
(三十国の案内完了)
郡から至るところは? 女王国
(そこまで) 萬二千余里
ポイント:
[狗奴国]とは:
  中国に使訳を通じてくる三十国の一つである。だから正式史書にその名をとどめているのである。倭人の国には、上述してきた三十国以外にも、邪馬壱国の西側などには多くの国があったと考えられる。しかし、その国々についてはまったく記載していない。天子のいる中国に使節を寄越さないような非礼な国は記載しなかった。狗奴国は女王に服属しなくと、中国には筋を通していたのだ。
自郡至女王国萬二千余里とは、
  三十番目の狗奴国の記載を終えてはじめて、それが記載可能になる。行路記事全体の国名および距離のまとめ句である。この句を見れば、行路記事の目的が何であるかをよく示している。
 ただし、言うまでもなく、女王国以北以外の道里のよくわからない区間は含めていない。

12. 倭人の入墨
原文

【男子】(無大小)皆+黥×面、+文×身。自古以來【其使】+詣×中國、皆+自稱×大夫。
【夏后少康之子】(封於會稽)+断×髪、+文×身、= 以+避×蛟龍之害。
定番訓読
男子は大小と無く、皆黥面文身す。古よりこのかた、その使の中國に詣るや、皆自ら大夫と称す。夏后小康の子、会稽に封ぜらるるや、断髪文身して以て蛟龍の害を避く。
【男子】
   ├・・・who 無: 大小
   皆
   ├黥: 面 
   └文: 身
      
自古以來
【其使】
   ├詣: 中國
   └(皆)自稱: 大夫
      
【夏后少康之子】
   ├・・・who封:於會稽
   ├断: 髪
   ├文: 身
   以
   └避: 蛟龍之害
男子 
   大小なしに (修飾句)

 皆が黥(入墨する)ところは? 顔面。
   入墨をするところは? 身体。

昔から
その使者が 
 詣る先の中国では
 皆、自分の肩書きは? 大夫と(いう)。

夏后少康之子(who封じられたところは?  
 會稽)、       (修飾句)
 (子が)カットしたところは? 髪の毛
 (子が)入墨したところは?  体、
これによって、
 避けたものは? 蛟龍之害
黥面文身の黥・文は、顔と身体に描く入墨の文様の違いのように思われる
黥×面、文×身、詣×中、断×髪などは、黥面、文身、詣(訪)中、断髪などのように熟語化している。

13.
原文

今【倭水人】+好×沈没、+捕×魚蛤。=[文身]亦以+厭×大魚水禽、後稍以+爲×飾。[諸國文身]+各異或左或右或大或小、尊卑+有×差。計其道里+當在×會稽東冶之東。[其風俗]+不淫
定番訓読
今、倭の水人、好んで沈没して、魚蛤を補う。文身は亦以て大魚・水禽を厭う。後やや以て飾りとなす。諸国の文身各々異なり、あるいは左にしあるいは右にし、あるいは大にあるいは小に、尊卑差あり。その道里を計るに、当に会稽の東治の東にあるべし。その風俗は淫らならず。

今【倭水人】
    ├好: 沈没  
    └捕: 魚蛤

   [文身]
    亦以
    ├厭: 大魚水禽
    後稍以
    └爲: 飾
 
   [諸國文身]
    ├各/異:
    ├──或/左
    ├──或/右
    ├──或/大
    ├──或/小
    └─尊卑+有: 差

    [計]     
     └其道里(當)+在:會稽東冶之東

   其風俗
    └do 不淫

今、倭水人の
 好みは? 水に潜ること、
 捕まえるものは? 魚蛤

入墨を
 同様に、
 嫌がるものは? 大魚水禽、
 後で、少し変化したのは? 
  装飾。

諸国の入墨は、
 それぞれ異なり、
 あるいは左に、
 或いは右に
 或いは大きく
 或いは小さい、
身分によってあるものは? 序列。

計った其の道里
 當たる位置は? 會稽東冶之東
(會稽東冶之東と同様に)
その風俗は、淫らではない。

14

原文

【男子】皆+露×紒、以木緜+招×頭。[其衣]+横幅、但+結×束、+相連、+略無×縫。【婦人】+被×髪、+屈×紒、+作×衣、+如×單被、+穿×其中央、+貫×頭、+衣×之
定番訓読
男子は皆露紒し、木綿を以て頭に招け、その衣は横幅、ただ結束して相連ね、ほぼ縫うことなし。 婦人は被髪屈紒し、衣を作ること単被の如く、その中央を穿ち、頭を貫きてこれを衣る。

【男子】
   皆
   ├露:紒
   └以木緜/招: 頭
        
  其衣
   ├横/幅
   ├但/結:   束
   ├相/連
   └略/無:   縫

【婦人】
   ├被: 髪
   ├屈: 紒
   ├作: 衣
   │   └-如: 單被
   │        └穿: 其中央        
   │             └to貫: 頭
   └衣: 之
        

男子は
 皆
 露紒し、
 木綿をかけるところは? 頭

 その衣服は
  横広で、
  単に、結ぶものは? 束
 (それは)連ね合わせるだけ。
  ほとんど無いものは? 縫い目。

婦人は
 被髪し、
 屈紒している。
 作るものは? 衣服
  (それは)まるで單被のよう。
    穴のあいた所は?その中央
   (そこに)通すものは? 頭
着るのは? それ。

15
原文
+種×禾稻・紵麻、+蠶×桑、緝+績、+出×細紵・縑緜。
【其地】+無×牛馬虎豹羊鵲

定番訓読
禾稲・紵麻を種え、蚕桑緝績し、細紵・ケンメンを出だす。
【   】
   ├種: 禾稻・紵麻
   ├蠶: 桑 
   ├緝╲績:
   └出: 細紵・縑緜

【其地】
   └無: 牛馬虎豹羊鵲

(その地で)
 種えるものは? 禾稻・紵麻
 蚕するものは? 桑
 絹を紡ぎ
 つくり出すものは? 細紵・縑緜

其の地に
 ないものは?  牛馬虎豹羊鵲


16
原文
[兵]+用×矛・楯・木弓。[木弓]+短下長上、[竹箭]+或鐵鏃或骨鏃。所有無(與儘耳・朱崖)+同。

定番訓読
兵は矛・盾・木弓を用う。木弓は下を短く上を長くし、竹箭はあるいは鉄鏃、あるいは骨鏃なり。有無する所、タン耳・朱崖と同じ。
【兵】
   └用: 矛・楯・木弓

  木弓
   ├短下
   └長上
       
  竹箭
   ├或/鐵鏃
   └或/骨鏃

  所有無
   與儘耳・朱崖╲同:
   
武器に用いるものは?
 矛・楯・木弓。

 木弓は
  短い方が下
  長いほうが上

 竹箭は、
  鐵鏃または
  骨鏃。

 聞き及ぶところによると
  儘耳・朱崖と
   同じ

17
原文
【倭地】+温暖、+食×生菜、皆+徒×跣、+有×屋室。[父母兄弟]+臥息×異處。以朱丹+塗×其身體、+如×中國用粉也。食飲+用×籩豆、手+食。

定番訓読
倭の地は温暖にして、冬・夏生菜を食す。皆徒跣なり。 屋室有り。父母兄弟の臥息処を異にす。朱丹を以てその身体に塗る、中國の粉を用うるごとし。食飲にはヘン豆を用い、手もて食う。
      
【倭地】
  └温暖    
  冬夏
  └食: 生菜
  皆
  └徒: 跣
       
  └有: 屋室

  父母兄弟
    ├臥息: 異處
   以朱丹
    └塗:  其身體
      that└如: 中國用粉也
   食飲
    └用:  籩豆
    └手/食:
   

倭地は
 温暖(なので)
(その地では)冬夏でも、
 食べるものは? 生野菜
 皆 歩くときは? はだし

(その地に)
 あるものは? 屋室
 父母兄弟がやすむところは?
  それぞれ別室
  朱丹を塗るところは? 
   その体
  (それは)まるで、中国で粉を
    使うときのよう
 飲食のとき、
  使うものは?籩豆
  手をつかって食べる。



18
原文
其死+有×棺、+無×榔、+封×土、+作×冢。
始死+停×喪十餘曰。當時+不食×肉。
  [喪主]+哭泣。[他人]就+歌舞飲×酒。
已葬+擧×家、+詣×水中、+澡×浴、以+如×練沐。

定番訓読
その死するや棺有れども槨無く、土を封じてツカを作る。始めて死するや、停喪すること十余日なり。時に当たりて肉を食わず。喪主コツ泣し、他人就いて歌舞し飲酒す。已に葬るや、家をあげて水中にいたりてソウ浴し、以て練沐の如くす。
  
  其死
   ├有:  棺with無榔
   ├封:  土
   └作:  冢 



人が死ぬと、
 用意されるものは? 棺、
  (それには)榔(外箱)は
         ついていない
 (上に)かけるものは? 土
  つくるものは? 冢

  始死
   ├停喪: 十餘曰
   └(當時)不食: 肉
   喪主
   └+哭泣:
     
 なくなった当初は
  停喪の期間は? 十餘曰
  その時、口にしないもの? 肉
  喪主は 
    哭泣。

   他人
   ├(就) 歌:
   ├舞:
   └飲:  酒

  已葬
   ├擧:  家
   ├詣:  水中
   ├澡:  浴
   以
   └如:  練沐
     
   
 喪主以外の人々が、
  そばで、歌い、
  舞い、
  飲むものは? 酒

 弔いが終わると、
  挙げて一家が
  入るところは? 水の中
  澡ぐところは? 浴
 それは
  まるで、練沐のようである。

19
原文
其行來+渡×海+詣×中國、恆使一人+不梳×頭、+不去×蟣蝨、衣服垢+汚、+不食×肉、+不近×婦人、+如×喪人、+名×之+爲×持衰。
若[行老]+吉善、共+顧×其生口財物。
着+有×疾病、+遭×暴害、便+欲×殺×之。謂[其持衰]+不謹。

定番訓読
その行来して海を渡り中國にいたるには恒に一人をして頭をくしけらせずキシツを去らせず衣服コ汚し肉を食わせず婦人を近づけず喪人の如くせしむ。これを名づけて持衰と為す。もし行く者吉善なれば共にその生口・財物を顧し若し疾病有り暴害に遭わば便ち之を殺さんと欲す。その持衰謹まずといえばなり。
    
 其行來 to
   ├渡:   海
   └詣:   中國
 
 恆【使一人】
   ├do不梳: 頭
   ├do不去: 蟣蝨
   ├衣服垢: 汚
   ├do不食: 肉
   └do不近: 婦人
   who
   └如: 喪人
       └─名: 之to爲:持衰

  若 
  行老
   └: 吉善
  then
   └(共)顧: 其生口財物
  着
   ├有:  疾病
   └遭:  暴害
  then
   └(便)欲to殺: 之
 謂 其持衰
   └do不謹:       

人々の行き来で、
 渡るところ? 海
 ゆくところは? 中国
(そのとき)
 かならず、使者の一人は
  櫛を入れないところ? 髪の毛
  そのままのもの? しらみや蚤
  衣服は 垢で汚したまま
  口にしないもの? 肉
  近づけないもの? 婦人

  まるで~のよう? 喪人。
  名づけてこれを?
  持衰という。

もしも、
 その道行きが
  順調にいったときは?

 皆一緒になって、
  分かち合うもの?その生口財物。
  しかし病人がでたり
 暴風にであったりした場合に、
 すぐさま殺そうとするものは? その人。
 これは、その持衰の行いが悪かったせい
 だという。

20
原文
+出×眞珠・青玉。
[其山]+有×丹。其木+有×柟・杼・豫樟・楺・櫪・投・橿・烏號・楓香。[其竹]篠・簳・桃支。+有×薑・橘・椒・蘘荷、+不知以×爲×滋味。┼有×獼猴・黒雉。

定番訓読
真珠・青玉を出す。その山には丹あり。その木には柟・杼・豫樟・楺・櫪・投・僵・烏号・楓香あり。その竹には篠・簳・桃支。薑・橘・椒・蘘荷あるも、以て滋味となすを知らず。獼猿・黒雉あり。
  
【  】 
   └出: 眞珠・青玉
  其山
   └有: 丹
  其木
   └有: 柟・杼・豫樟・楺・櫪・投・
       橿・烏號・楓香
  其竹
   └:  篠・簳・桃支

【  】   
   ├有: 薑・橘・椒・蘘荷
   └do不知that以爲: 滋味

【  】
   └有: 獼猴・黒雉
    

 作り出しているものは?
   眞珠・青玉
 その山に
  あるものは? 丹
 その木の種類に
 あるものは? 柟・杼・豫樟・楺・ 
   櫪・投・橿・烏號・楓香
 その竹の種類に
  あるものは? 篠・簳・桃支

 さらに あるものは? 
   薑・橘・椒・蘘荷
(それについて)知られていないことは?
  それが滋味であること

 いるもの: 獼猴・黒雉

21
原文
【其俗】+擧×事、+行來。+有×所云爲、輒+灼×骨、而+卜、以+占×吉凶。先+告×所ト。[其辭]+如×令龜法、+視×火坼、+占×兆

定番訓読
その俗挙事行来に、云為する所あれば、輒ち骨を灼きて卜し、以て吉凶を占い、先ず卜する所を告ぐ。その辞は令亀の法の如く、火坼を観て兆を占う。

【其俗】
   └:  擧事・行來
    
 If【 】
   └有: 所云爲
   Then
【They】
   ├(輒)灼: 骨
   而
   └卜:    

  其辭
   └如: 令龜法
         that├視: 火坼
           └占: 兆
    

倭人の俗は
  行(催)事と(人の)往来

 何かといえば、
 すぐに焼くもの? 骨
 することは? 
 卜

 卜の口調は
  まるで令龜法、
   みるものは? 火坼、
   占うものは? 吉兆

22
原文
【其會同】+坐起。[父子男女](無別)人性+嗜×酒。+見×大人所敬、但+搏×手、以+當×脆拝。【其人】+壽考、或百年或八九十年。

定番訓読
その会同・坐起には、父子男女別なし。人性酒を嗜む。大人の敬する所を見れば、ただ手を摶ち以て跪拝に当つ。その人寿考、あるいは百年、あるいは八、九十年。
  
【其會同】
   └坐起:
     
  父子男女・・who無: 別
     └─'人性+嗜: 酒
   
 見: 大人所敬
   ├(但)搏: 手
   而以
   └當;    脆拝    

  其人
   └:壽考
      └:或/百年、或/八九十年
    
人々の会合では
  立ったり、坐ったり

 【父子男女】の別なく
   生来嗜むのが? 酒
見たところ、
大人の敬するところは
 単に手を打つだけ。
 そのことが
  脆拝に当たる。

倭人は
 長寿、
  百歳とも、八・九十才とも

23
原文
【其俗】國大人皆+四五婦。下戸+或二三婦。[婦人]+不淫、+不妒忌、+不盗竊。+少×訴訟。其+犯×法、輕者+没×其妻子。重者+滅×其門戸及宗族。奪卑+各有×差序。+足×相臣服

定番訓読
その俗、国の大人は皆四、五婦、下戸もあるいは二、三婦。婦人淫せず、妬忌せず、盗窃せず、諍訟少なし。その法を犯すや、軽き者はその妻子を没し、重き者はその門戸および宗族を没す。尊卑各々差序あり、相臣服するに足る。
【其俗】
  國大人
   皆
   └: 四五婦

  下戸    
   └:  或/二三婦
   
  婦人
   └do不淫、不妒忌、不盗竊
    
   └少: 訴訟─
  If
   其
   └犯: 法   
  輕者
   └没: 其妻子

  重者
   └滅: 其門戸及宗族
   └奪卑+(各)有: 差序
           └─足: (相)臣服
        
    
その俗を見ると、
 国の大人には
  皆、四・五婦

 下戸でも
  二あるいは三婦

 婦人がしないことは?
  淫行、やきもち、盗みなど

 少ないものは? 訴訟

もしも
 人が法を犯すと、
 軽いものでも
  没収されるものは? 妻子

 重いものが
  滅ぼされるものは? 其門戸及宗族
 尊卑に それぞれあるもの
  それは序列差、
  それは互いに心服するのに十分
  なものである。

24
原文
+牧×租賦、+有×邸閣。國國+有×市、+交易×有無。+使×大倭、+監×之。自女王國以北+特置×一大率、+検察×諸國。諸國+畏揮×之。常+治×伊都國。於國中+有×如刺史

定番訓読
租賦を収む、邸閣あり、國國市あり。有無を交易し、大倭をしてこれを監せしむ。 女王國より以北には、特に一大率を置き、諸國を検察せしむ。諸國これを畏憚す。常に伊都國に治す。國中において刺史の 如きあり。
  
【   】
   ├to牧: 租賦     
   └─有: 邸閣
   
  國國
   ├有:  市
   │    └─交易有無
   ├使:  大倭
   └監:  之

        
 自女王國以北
  └特/置: 一大率
        ├検察諸國
        │ 【諸國】
        │  └畏揮: 之
        ├常/治:    伊都國
        └於國中+有: 如刺史


租賦を徴収するために
 あるものは? それは邸閣

国々にあるもの それは市
 そこで、交易するもの  
  物物(交換)
 大倭を使って、
 市を監督させるものは? これ(市) 


女王國から北に
 特におかれるものは? 一大率
 それが検察するものは? 諸国
 諸国は
  之を畏揮している 
 それが常に仕事をする所は? 伊都國
 国中でその有様は? まるで刺史だ。

25
原文
[王遣使]+詣×京都・帯方郡.諸韓國 及 [郡使]×倭國 
皆+臨×津、+捜露×傳邊文書・賜遣之物、+詣×女王、+不得×差錯。

定番訓読
王、使を遣わして京都・帯方郡・諸韓國に詣り、おろび郡の倭國に使するや、皆津に臨みて捜露し、文書・賜遺の物を伝送して女王に詣らしめ、差錯するを得ず。
  
【王遣使】who詣: 京都・帯方郡.諸韓國

【郡 使】who:   倭國
   皆
   ├臨:  津  
   ├捜露: 傳邊文書・賜遣之物 
   │         └to詣:女王  
   └不得: 差錯
   

王が遣わす使者が
 訪問する所は? 京都・帯方郡.諸韓國
及び
郡の使者が(詣る所は?)倭国
 その皆が、臨むところは? 津(で)
  あらいざらい取り出すものは?
  傳邊文書・賜遣之物(女王に届けられる)
  このとき、あってはならないことは?
   (目録との)不一致。
※訳: 王が京都・帯方郡.諸韓國に派遣した使者および郡が倭国に派遣する使者は、ともに皆、(倭の)港についたときは、女王に届ける傳邊文書・賜遣之物をすべて取り出し、目録との不一致がないようにする。

26
原文
下戸(與大人)+相逢×道路、+逡巡×入草、+傳×辭、+説×事、+或跨+或跪、兩手+據×地、+爲×之 恭敬。對應+曰×噫、比+如×然諾

定番訓読
下戸、大人と道路に相逢えば、逡巡して草に入り、辞を伝え事を説くには、あるいは蹲りあるいは跪き、両手は地に拠り、これが恭敬を為す。対応の声を噫という、比するに然諾の如し。
  
【下戸】
     
   ├與大人(相)逢: 道路
   ├逡巡:
   ├入:    草
   ├傳:    辭
   ├説:    事
   ├(或)跨:
   ├(或)跪:
   ├両手+據: 地
   └爲:    之as恭敬
   對應
   ├曰:    噫
   └比+如:  然諾

下戸
大人と
道路で互いに顔をあわせると、
逡巡して、
草に入り、
言葉を伝える 
事を説明する。
あるいは蹲り、
あるいは跪き、
両手を地面につく。 
 この仕草が恭敬示すという。 
 對應したときは、
  声を出すのに 噫(あー)
  これを比較すれば、まるで然諾のようだ。

27
原文
[其國]本亦以男子+爲×王、+佳×七八十年
[倭國]+乱、+相攻伐×歴年。乃+共立一女子、+爲×王。名+曰×卑彌呼、+事×鬼道、+能×惑×衆。年已+長大。+無×夫壻。+有×男弟、+佐×治國。自爲王以來+少有×見者、以碑千人+自侍。唯+有×男子一人、+給×飲食、+傳×辭、+出入×居處。
「宮室・樓觀・城柵」+嚴設。常+有×人、+持×兵、+守×衛

定番訓読
その國、本また男子を以て王となし、住まること七、八十年。倭國乱れ、相攻伐すること歴年、乃ち共に一女子を立てて王となす。名付けて卑弥呼という。鬼道に事え、能く衆を惑わす。年已に長大なるも、夫婿なく、男弟あり、佐けて國を治む。王となりしより以来、見るある者少なく、婢千人を以て自ら侍せしむ。ただ男子一人あり、飲食を給し、辞を伝え居処に出入する。宮室・楼観・城柵、厳かに設け、常に人あり、兵を持して守衛す
【其國】
   本亦
   └以男子/爲: 王
           who└佳:七八十年
【倭國】
   ├亂
   ├(相)攻伐: 歴年
   ├(乃共)立: 女王
   ├爲: 王
   └名+曰:卑彌呼
         ├事: 鬼道
         ├能: to惑: 衆
         │
         ├(年已): 長大
         ├無: 夫壻
         └有: 男弟
             └to佐:
              to治:國 
自爲王以來 
   ├少+有: 見者
   ├以碑千人 自/侍: 
   └(唯)有: 男子一人
          ├給: 飲食
          ├傳: 辭
          └出入:居處

【宮室・樓觀城柵】
   ├(嚴)設:
   └(常)有: 人
          ├持:兵
          └守:衛
其の国
 もとは
 男子がなっていたのは? 王 
 そのままどのくらい? 七八十年(続いた)。 
倭国
 乱れる。
 攻めあいはどの位? 来る年も来る年も 
 ついに共立したものは? 女王、
 つけた位は? 王 
 名は? 卑弥呼という。
   仕えるものは? 鬼道(神道)、 
   その能力は? 人々を意のままに
    動かすこと
   年はすでに長じており、
   いないものは? 夫壻。 
   (そばに)いたものは? 男弟 
     補佐することは? 国の政

王になって以来
 僅かにいたのは? あった人々
 婢千人を 自らに侍らせていた。
 ただし身近かにいたものは? 男子一人のみ
  (その男子が)差し入れるものは? 飲食 
   伝えることは? 伝言 
   出入りするところは? 居所

宮室・樓觀城柵は
 厳重に設営されている。
 常に配置されているものは? 兵士、
   携行しているものは? 武器、 
   守るところは? 衛門 

28
原文
女王國東+渡×海千餘里、┼復有×國(皆倭種)。+又有×侏儒國、+在×其南。人長+三四尺。+去×女王四千餘里、+又有×裸國・黒齒國、+復在×其東南。船行一年+可至
+参問×倭地、+絶在×海中洲島之上、+或絶或連、周旋+可五千餘里。

定番訓読
女王國の東、海を渡る千余里、また國あり、皆倭種なり、また侏儒國あり、その南にあり。人の長三、四尺、女王を去る四千余里。また裸國・黒歯國あり、またその東南にあり。船行一年にして至るべし。 倭の地を参問するに、海中洲島の上に絶在し、あるいは絶えあるいは連なり、周施五千余里ばかりなり。
   
 女王國東 渡:─海 千餘里
   ├(復)有: 國
   │      └─皆: 倭種
   │
   ├(又)有:侏儒國
   │      ├在:  其南
   │      ├人長: 三四尺
   │      └去:  女王四千餘里
   └(又)有:裸國・黒齒國
          ├復/在: 其東南
          └船行一年+可至:
参問
  倭地 
   │ 
   ├(絶)在: 海中洲島之上
   ├(或)絶:
   ├(或)連:
   └周旋:   可五千餘里

女王國の東から海を渡った千余里ほどのところにまたあるものは? 国 
              皆、倭種

また有る国は? 侏儒(小人)の國
 (その国が)在る所は? その南
 (その国の)人の身の丈は? 三四尺
 (その国は)女王国から四千余里
また有る国は? 裸の國・黒齒の國
 (その)位置は? その東南 
 (そこへは)船行一年で行くことが可
あちこちから得た情報によれば、
倭地
 在る所は? 海の中洲島の上
 バラバラに在り、
 あるところでは途絶え、
 ある所では連なっている。
 一巡するには、可五千餘里ほどだ。

以上

  1. 2018/03/31(土) 10:08:04|
  2. 語順誤報:魏志倭人伝

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