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Lunguage Plaza 外国語語順訳散策

散策路三本:①露語国際時事ニュース見出し ②倭人伝語順読法─女王国への道;③江戸東京街道散策路

魏志倭人伝行路記事原文解析とその読み方(主語の特定)

魏志倭人伝行路記事原文解析とその読み方(主語の特定)
http://zacfc2.blog20.fc2.com/blog-entry-9357.html

以下は上記の抜粋
map
主行路の明細:
 ①韓国内横断:   七千余里
 ②三海峡横断:   四千四百余里(対馬、一支の二辺迂回を含む)
 ③九州北岸陸路  五百里
 ④伊都⇒邪馬台国 百里未満
   ーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
             万二千余里

魏志倭人伝行路記事一文

■主語:
 、「帯方郡から女王国までの道」(上図の赤い⇒線)

■方位:
 すべて、別の方向へ向かう道がある分岐点=「交差点」(上図:韓国内、対馬、末羅、伊都)

■二種類の距離文の語順論理(地図上で大小二つのコンパスそ使用した表現)
①:(基点)ー方位ー至点=距離・・・・・・コンパス目測表現=交差点標識
  ”(伊都国)→東南至奴国百里”
   地図上で軸心を基点とするいわばコンパス目測表現(いわば交差点標識表現=基点移動せず。):

◎「帯方郡から女王国までの道」主行路上の基点(軸心位置)は、帯方郡と伊都国のみ
・帯方郡地点(軸心)→(補助針)(狗邪韓国)=七千余里(開き)・・・本道の一区間路
・狗邪韓国→伊都国まで: 補助針の定規を当てた拡大表現: 渡千余里至対馬国など
・伊都国交差点(軸心)\(補助針方向換え)「東南」奴国=百里(開き)・・・分岐路
              →(補助針方向換え)「東行」不弥国=百里(開き)・・・分岐路
              ↓(補助針方向換え)「南至」投馬国=水行二十日(開き)・・・分岐路
・帯方郡地点(軸心)→(補助針)(邪馬台国)=水行十日陸行一月(開き)・・・主行路全体路・

大小コンパス



○コンパス表現(語順)①と定規表現(語順②の組み合わせによる起点移動の判別:
1. ①の語順が複数連続する表現は、固定起点から方位を変えた地点までの距離表現;
    (伊都地点→奴国、不弥国、投馬国))
2. ①の語順→②の語順に続くときは、①の補助針の一地点から②の定規の先端地点までの移動表現:
    (狗邪韓国→対馬国→一支国→末羅国→伊都国→邪馬台国)
3. ②の語順の句が連続するときは、単純に定規をつないだ先端地点まで表現
    (対馬国→一支国→末羅国→伊都国→邪馬台国)

■結論:
  女王国は以下に記述する行路の終点である糸島半島南隣の応王墓噴出地帯である。

 1 本道(郡を拠点に倭三十国を巡る道)は、
   帯方郡から海岸水行し、
   その後、韓国内の陸路を時に東、時に南に進んで到着する狗邪韓国まで=七千余里
 2 狗邪韓国ー海上千余里→対馬ー島迂回四百里+四百里(南)ー海上千余里→
   壱岐国ー島迂回三百里+三百里ー海上千余里→海上千余里→末羅国=(ここまで11400里)
 3 末羅国→東南陸行五百里→伊都国(魏施常駐)
 4 伊都国→南すぐ(百里以下)→邪馬台国
    (1~4の道行き所要日数=水行十日陸行一月)
 5 女王国以降の道は距離不明のため、単に所在位置羅列
  1. 2019/05/31(金) 15:46:45|
  2. ④魏志倭人伝:

魏志倭人伝行路記事原文解析とその読み方(主語の特定)

魏志倭人伝行路記事原文解析とその読み方(主語の特定)
http://zacfc2.blog20.fc2.com/blog-entry-9357.html

以下は上記の抜粋
map
主行路の明細:
 ①韓国内横断:   七千余里
 ②三海峡横断:   四千四百余里(対馬、一支の二辺迂回を含む)
 ③九州北岸陸路  五百里
 ④伊都⇒邪馬台国 百里未満
   ーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
             万二千余里

魏志倭人伝行路記事一文

■主語:
 、「帯方郡から女王国までの道」(上図の赤い⇒線)

■方位:
 すべて、別の方向へ向かう道がある分岐点=「交差点」(上図:韓国内、対馬、末羅、伊都)

■二種類の距離文の語順論理(地図上で大小二つのコンパスそ使用した表現)
①:(基点)ー方位ー至点=距離・・・・・・コンパス目測表現=交差点標識
  ”(伊都国)→東南至奴国百里”
   地図上で軸心を基点とするいわばコンパス目測表現(いわば交差点標識表現=基点移動せず。):

◎「帯方郡から女王国までの道」主行路上の基点(軸心位置)は、帯方郡と伊都国のみ
・帯方郡地点(軸心)→(補助針)(狗邪韓国)=七千余里(開き)・・・本道の一区間路
・狗邪韓国→伊都国まで: 補助針の定規を当てた拡大表現: 渡千余里至対馬国など
・伊都国交差点(軸心)\(補助針方向換え)「東南」奴国=百里(開き)・・・分岐路
              →(補助針方向換え)「東行」不弥国=百里(開き)・・・分岐路
              ↓(補助針方向換え)「南至」投馬国=水行二十日(開き)・・・分岐路
・帯方郡地点(軸心)→(補助針)(邪馬台国)=水行十日陸行一月(開き)・・・主行路全体路・

大小コンパス



○コンパス表現(語順)①と定規表現(語順②の組み合わせによる起点移動の判別:
1. ①の語順が複数連続する表現は、固定起点から方位を変えた地点までの距離表現;
    (伊都地点→奴国、不弥国、投馬国))
2. ①の語順→②の語順に続くときは、①の補助針の一地点から②の定規の先端地点までの移動表現:
    (狗邪韓国→対馬国→一支国→末羅国→伊都国→邪馬台国)
3. ②の語順の句が連続するときは、単純に定規をつないだ先端地点まで表現
    (対馬国→一支国→末羅国→伊都国→邪馬台国)

■結論:
  女王国は以下に記述する行路の終点である糸島半島南隣の応王墓噴出地帯である。

 1 本道(郡を拠点に倭三十国を巡る道)は、
   帯方郡から海岸水行し、
   その後、韓国内の陸路を時に東、時に南に進んで到着する狗邪韓国まで=七千余里
 2 狗邪韓国ー海上千余里→対馬ー島迂回四百里+四百里(南)ー海上千余里→
   壱岐国ー島迂回三百里+三百里ー海上千余里→海上千余里→末羅国=(ここまで11400里)
 3 末羅国→東南陸行五百里→伊都国(魏施常駐)
 4 伊都国→南すぐ(百里以下)→邪馬台国
    (1~4の道行き所要日数=水行十日陸行一月)
 5 女王国以降の道は距離不明のため、単に所在位置羅列
  1. 2019/05/30(木) 14:22:17|
  2. ④魏志倭人伝:

魏志倭人伝行路記事原文解析とその読み方(主語の特定)

魏志倭人伝行路記事原文解析とその読み方(主語の特定)
http://zacfc2.blog20.fc2.com/blog-entry-9357.html

以下は上記の抜粋
map
主行路の明細:
 ①韓国内横断:   七千余里
 ②三海峡横断:   四千四百余里(対馬、一支の二辺迂回を含む)
 ③九州北岸陸路  五百里
 ④伊都⇒邪馬台国 百里未満
   ーー
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             万二千余里

魏志倭人伝行路記事一文

■主語:
 、「帯方郡から女王国までの道」(上図の赤い⇒線)

■方位:
 すべて、別の方向へ向かう道がある分岐点=「交差点」(上図:韓国内、対馬、末羅、伊都)

■二種類の距離文の語順論理(地図上で大小二つのコンパスそ使用した表現)
①:(基点)ー方位ー至点=距離・・・・・・コンパス目測表現=交差点標識
  ”(伊都国)→東南至奴国百里”
   地図上で軸心を基点とするいわばコンパス目測表現(いわば交差点標識表現=基点移動せず。):

◎「帯方郡から女王国までの道」主行路上の基点(軸心位置)は、帯方郡と伊都国のみ
・帯方郡地点(軸心)→(補助針)(狗邪韓国)=七千余里(開き)・・・本道の一区間路
・狗邪韓国→伊都国まで: 補助針の定規を当てた拡大表現: 渡千余里至対馬国など
・伊都国交差点(軸心)\(補助針方向換え)「東南」奴国=百里(開き)・・・分岐路
              →(補助針方向換え)「東行」不弥国=百里(開き)・・・分岐路
              ↓(補助針方向換え)「南至」投馬国=水行二十日(開き)・・・分岐路
・帯方郡地点(軸心)→(補助針)(邪馬台国)=水行十日陸行一月(開き)・・・主行路全体路・

大小コンパス



○コンパス表現(語順)①と定規表現(語順②の組み合わせによる起点移動の判別:
1. ①の語順が複数連続する表現は、固定起点から方位を変えた地点までの距離表現;
    (伊都地点→奴国、不弥国、投馬国))
2. ①の語順→②の語順に続くときは、①の補助針の一地点から②の定規の先端地点までの移動表現:
    (狗邪韓国→対馬国→一支国→末羅国→伊都国→邪馬台国)
3. ②の語順の句が連続するときは、単純に定規をつないだ先端地点まで表現
    (対馬国→一支国→末羅国→伊都国→邪馬台国)

■結論:
  女王国は以下に記述する行路の終点である糸島半島南隣の応王墓噴出地帯である。

 1 本道(郡を拠点に倭三十国を巡る道)は、
   帯方郡から海岸水行し、
   その後、韓国内の陸路を時に東、時に南に進んで到着する狗邪韓国まで=七千余里
 2 狗邪韓国ー海上千余里→対馬ー島迂回四百里+四百里(南)ー海上千余里→
   壱岐国ー島迂回三百里+三百里ー海上千余里→海上千余里→末羅国=(ここまで11400里)
 3 末羅国→東南陸行五百里→伊都国(魏施常駐)
 4 伊都国→南すぐ(百里以下)→邪馬台国
    (1~4の道行き所要日数=水行十日陸行一月)
 5 女王国以降の道は距離不明のため、単に所在位置羅列
  1. 2019/05/29(水) 09:28:12|
  2. ④魏志倭人伝:

魏志倭人伝行路記事原文解析とその読み方(主語の特定)

魏志倭人伝行路記事原文解析とその読み方(主語の特定)
http://zacfc2.blog20.fc2.com/blog-entry-9357.html

以下は上記の抜粋
map
主行路の明細:
 ①韓国内横断:   七千余里
 ②三海峡横断:   四千四百余里(対馬、一支の二辺迂回を含む)
 ③九州北岸陸路  五百里
 ④伊都⇒邪馬台国 百里未満
   ーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
             万二千余里

魏志倭人伝行路記事一文

■主語:
 、「帯方郡から女王国までの道」(上図の赤い⇒線)

■方位:
 すべて、別の方向へ向かう道がある分岐点=「交差点」(上図:韓国内、対馬、末羅、伊都)

■二種類の距離文の語順論理(地図上で大小二つのコンパスそ使用した表現)
①:(基点)ー方位ー至点=距離・・・・・・コンパス目測表現=交差点標識
  ”(伊都国)→東南至奴国百里”
   地図上で軸心を基点とするいわばコンパス目測表現(いわば交差点標識表現=基点移動せず。):

◎「帯方郡から女王国までの道」主行路上の基点(軸心位置)は、帯方郡と伊都国のみ
・帯方郡地点(軸心)→(補助針)(狗邪韓国)=七千余里(開き)・・・本道の一区間路
・狗邪韓国→伊都国まで: 補助針の定規を当てた拡大表現: 渡千余里至対馬国など
・伊都国交差点(軸心)\(補助針方向換え)「東南」奴国=百里(開き)・・・分岐路
              →(補助針方向換え)「東行」不弥国=百里(開き)・・・分岐路
              ↓(補助針方向換え)「南至」投馬国=水行二十日(開き)・・・分岐路
・帯方郡地点(軸心)→(補助針)(邪馬台国)=水行十日陸行一月(開き)・・・主行路全体路・

大小コンパス



○コンパス表現(語順)①と定規表現(語順②の組み合わせによる起点移動の判別:
1. ①の語順が複数連続する表現は、固定起点から方位を変えた地点までの距離表現;
    (伊都地点→奴国、不弥国、投馬国))
2. ①の語順→②の語順に続くときは、①の補助針の一地点から②の定規の先端地点までの移動表現:
    (狗邪韓国→対馬国→一支国→末羅国→伊都国→邪馬台国)
3. ②の語順の句が連続するときは、単純に定規をつないだ先端地点まで表現
    (対馬国→一支国→末羅国→伊都国→邪馬台国)

■結論:
  女王国は以下に記述する行路の終点である糸島半島南隣の応王墓噴出地帯である。

 1 本道(郡を拠点に倭三十国を巡る道)は、
   帯方郡から海岸水行し、
   その後、韓国内の陸路を時に東、時に南に進んで到着する狗邪韓国まで=七千余里
 2 狗邪韓国ー海上千余里→対馬ー島迂回四百里+四百里(南)ー海上千余里→
   壱岐国ー島迂回三百里+三百里ー海上千余里→海上千余里→末羅国=(ここまで11400里)
 3 末羅国→東南陸行五百里→伊都国(魏施常駐)
 4 伊都国→南すぐ(百里以下)→邪馬台国
    (1~4の道行き所要日数=水行十日陸行一月)
 5 女王国以降の道は距離不明のため、単に所在位置羅列
  1. 2019/05/24(金) 09:29:50|
  2. ④魏志倭人伝:

魏志倭人伝行路記事原文解析とその読み方(主語の特定)

魏志倭人伝行路記事原文解析とその読み方(主語の特定)
http://zacfc2.blog20.fc2.com/blog-entry-9357.html

以下は上記の抜粋
map
主行路の明細:
 ①韓国内横断:   七千余里
 ②三海峡横断:   四千四百余里(対馬、一支の二辺迂回を含む)
 ③九州北岸陸路  五百里
 ④伊都⇒邪馬台国 百里未満
   ーー
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             万二千余里

魏志倭人伝行路記事一文

■主語:
 、「帯方郡から女王国までの道」(上図の赤い⇒線)

■方位:
 すべて、別の方向へ向かう道がある分岐点=「交差点」(上図:韓国内、対馬、末羅、伊都)

■二種類の距離文の語順論理(地図上で大小二つのコンパスそ使用した表現)
①:(基点)ー方位ー至点=距離・・・・・・コンパス目測表現=交差点標識
  ”(伊都国)→東南至奴国百里”
   地図上で軸心を基点とするいわばコンパス目測表現(いわば交差点標識表現=基点移動せず。):

◎「帯方郡から女王国までの道」主行路上の基点(軸心位置)は、帯方郡と伊都国のみ
・帯方郡地点(軸心)→(補助針)(狗邪韓国)=七千余里(開き)・・・本道の一区間路
・狗邪韓国→伊都国まで: 補助針の定規を当てた拡大表現: 渡千余里至対馬国など
・伊都国交差点(軸心)\(補助針方向換え)「東南」奴国=百里(開き)・・・分岐路
              →(補助針方向換え)「東行」不弥国=百里(開き)・・・分岐路
              ↓(補助針方向換え)「南至」投馬国=水行二十日(開き)・・・分岐路
・帯方郡地点(軸心)→(補助針)(邪馬台国)=水行十日陸行一月(開き)・・・主行路全体路・

大小コンパス



○コンパス表現(語順)①と定規表現(語順②の組み合わせによる起点移動の判別:
1. ①の語順が複数連続する表現は、固定起点から方位を変えた地点までの距離表現;
    (伊都地点→奴国、不弥国、投馬国))
2. ①の語順→②の語順に続くときは、①の補助針の一地点から②の定規の先端地点までの移動表現:
    (狗邪韓国→対馬国→一支国→末羅国→伊都国→邪馬台国)
3. ②の語順の句が連続するときは、単純に定規をつないだ先端地点まで表現
    (対馬国→一支国→末羅国→伊都国→邪馬台国)

■結論:
  女王国は以下に記述する行路の終点である糸島半島南隣の応王墓噴出地帯である。

 1 本道(郡を拠点に倭三十国を巡る道)は、
   帯方郡から海岸水行し、
   その後、韓国内の陸路を時に東、時に南に進んで到着する狗邪韓国まで=七千余里
 2 狗邪韓国ー海上千余里→対馬ー島迂回四百里+四百里(南)ー海上千余里→
   壱岐国ー島迂回三百里+三百里ー海上千余里→海上千余里→末羅国=(ここまで11400里)
 3 末羅国→東南陸行五百里→伊都国(魏施常駐)
 4 伊都国→南すぐ(百里以下)→邪馬台国
    (1~4の道行き所要日数=水行十日陸行一月)
 5 女王国以降の道は距離不明のため、単に所在位置羅列
  1. 2019/05/23(木) 08:49:47|
  2. ④魏志倭人伝:
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